TrashyHeaven’sDiary

主に読書記録とか

ニュース雑感。

自民党民主党は2日、18歳未満の子供をインターネットの有害サイトから守るための議員立法の共同法案の修正協議で合意した。(中略)法案は携帯電話会社に対し、子供がネットで有害情報を閲覧できないようにするフィルタリング(閲覧制限)サービスの提供を義務づける。パソコンメーカーには、フィルタリングソフトの組み込みを義務づける。  Yahoo!ニュースより引用。

子供を(ウェブ上の)有害情報から守ろう!という話である。()で括ったウェブ上の、というのが引っ掛かる。ウェブ上って、そんなに特殊な空間だろうか。別に、AIやら異星人やらが跳梁跋扈している場所ではなくて、ウェブ上にアクセスしている人というのは、誰も彼も一人の例外も無く、この現実に存在している人間である。
その人間がもたらす「有害情報」なんてものは、当然、現実にだって溢れかえっているのだ。
殊勝にも新聞を読んでいる子供が見ているのが、実を言えば、下卑た写真週刊誌のヌード・グラビアの宣伝や、不倫だのお泊りデートだのと騒ぐ扇情的なキャッチコピーではないと、誰が断言できる? 顔とスタイルと運が良ければ頭ん中が空っぽでも成功を手に入れられるのだと、高らかに宣伝するテレビタレントたちは有害ではないとでも?
子供たちは、大人が思うほど馬鹿ではない。ただ、知識が足りていないだけだ。大人が隠せば、彼らは知る。隠されているものがあることを。知れば、彼らは探す。そして、ウェブを制限しようとも、見つけ出すのは簡単だ。
そもそも、いくら覆い隠そうとも、それは「ある」のだ。保護から開放された元・子供たちは、いずれかならず、隠されていた「有害情報」に触れるだろう。大人たちは、隠しただけで安心していないか? 隠すのではなく、危険性を説く方が良いとは思わないのか? 隠されていたという理由だけで宝物たるに相応しい「それ」を手に入れた、無菌室で育った元・子供たちは、触れた瞬間に影響されるだろう。そして、その時彼らは子供ではない。力を持った、けれども無知なままの、オトナなのだ。
その存在を、怖いと思えないのだろうか。政府の対応は、単なる行き当たりばったりでしかないのではないだろうか。