TrashyHeaven’sDiary

主に読書記録とか

HSPコンテスト2006!

栄光に辿り着くまでの道程には、数々の犠牲の屍が横たわる...

2003年、第一回HSPコンテスト。

ガキっぽさ爆発、黒歴史確定の駄作にも関わらず、何故か多数のコメントを受けた、弩級の問題作、『M×××E J××K』(あまりにもアレなため伏字)。

2004年、第二回HSPコンテスト。

HSPプログラマー仲間を得て、ヤル気の迸るに任せて怒涛の3作エントリー。ただしショート部門。
当時所属していたクラブの部長の一言でアメリカンの烙印を押され、「よけゲー多すぎ…。けど、そのなかでも画像」というダイイングメッセージめいたコメントを受けた『Four directions』
ショートだけど全画面! をキャッチフレーズに製作され、やたらと注目を集めるものの、内容が伴わず、多数のC評価を受けたシューティングゲーム『TK-SHMUP』
製作者さえ、ちょっとどうかと思う操作性の悪さながら、「面白い」というコメントをくれた方が2人もいたというある意味伝説の擬似3Dレースゲームもどき『Imitation Race』

2005年、第三回HSPコンテスト。

大学受験を控える身であるにも関わらず、一般部門に初エントリー。中ボス戦あり、ボス戦あり、ランキングあり、おまけあり、と色々組み込み、製作者としては精一杯をぶち込んだにも関わらず、コメント一件という悲惨な結果に終わった『我将射魚』

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ネタが浮かばない時もあった。
自分のイメージにプログラム技術が追いつかずに苦汁を舐めた日もあった。
暖房の無い部室で、何時間も馬鹿みたいにキーボードを叩き続けた日もあった。
プログラミングの相棒・Naoが数時間で組んだ作品が一次選考を突破して文理の壁を感じた日もあった。
テスト前にも関わらず、プログラムを組みまくった日もあった。
受験前にも関わらず、(ry

HSPを知ったのは中学3年生の頃。高校ではHSP仲間を得て、WEBサイトも立ち上げた。受験を経て、いつの間にやら大学生。

そして―――、2006年。第四回HSPコンテスト
プログラム自体は稚拙でも、他に見所がある作品を作ろうと思った。自分で書いた小説をノベルゲーム用に改変して、長いプログラムも零から作った。
文章も、プログラミングも、これが精一杯、ID#66 『あなたは久遠に消えて』*1
感動したと言ってくれた人がいた。面白いと言ってくれた人がいた。感情移入したと言ってくれた人がいた。
そして。
一次審査通過!!!!

ダウンロードしてくれた方、プレイしてくれた方、評価・コメントをくれた方、審査員の方々、某高校の某部活の皆さん、TORU、Nao…皆さん、ほんっとうに有り難う御座います!!
自分で言うのもなんですけど、多分、一次止まりだと思います。それでも、苦節四年、初めての一次審査通過です。めちゃくちゃに嬉しいです!! 狂喜乱舞です!! う、嬉しすぎる……っ!!
最初の一文を書いた時点では、若干ネタ寄りの笑える記事にしようと思ってたんだけど、「折角だから」とゆずの“栄光の架け橋”を流していたら徐々に感動がこみ上げてこんな記事になったことを告白しておきます…。

*1:リンク先はNao作成の特設ページ